メニューに戻る
キリスト教について
ここが聞きたいQ&A


Q1.「福音(ふくいん)」とはどういう意味ですか?
   教会ではなぜこのようになじみにくいことばを使うのでしょう。

 
 

  多くの方が、「福音」のような「教会専門用語」にとまどいを感じられると思います。ただ、一般ではあまり使われないことばをお聞きになって、「聖書の中には、世の中にはない、何か特別なものがあるのかな」と、お感じにはなりませんか?実は聖書には、神、愛、真理など、一般に使われるのとは全く意味の違うことばがたくさんあります。

 

  この福音と言うことばも、一般社会では、「よい知らせ、ラッキー!」といったような軽さで、「それは福音だなぁ」などと使われます。しかし、聖書の福音は単なるよい知らせではありません。日本語では、神の祝福の音信(知らせ)を意味します。英語ではGoapel(ゴスペル)と言い、God-spell、つまりGod-story「神の救いの物語」とでも訳せることばです。もともとは、新約聖書が書かれたギリシャ語の「ユーアンゲリオン」ということばで、聞くと驚き、嬉しくなって、神を賛美し、おどりだしたくなるような、「神からの大きな喜びのよい知らせ」というすばらしいことばです。

 

  これはごく簡単に言えば、全世界を創造された天の父である真の神が、私たち罪深い人間を救い、私たちを神のひとり子イエス・キリストと同じような者にしてくださって、永遠に、ご自分の子どもとして愛し、完全に祝福してくださるということです。この広大な宇宙が、太陽も月もそして地球とその中にあるすべてのものが、「私のお父さんのものです」と言えるということだけでも、心弾むよい知らせではありませんか。そのうえ、罪深い人間である私たちが最も偉大で完全な愛の人であり、この方こそ神の子であると、全世界でほめたたえられている、イエス・キリストと同じような者にされるのですから、これ以上の喜びはないでしょう。

 

  真の神は、私たちがこの世に生きている間だけ、健康や豊かさ、あるいは一時的な幸福で適当に祝福して満足される、小さな愛の神ではありません。神は私たちを単なる人間としてではなく、ご自分の子どもとして永遠に愛し、神の子イエスに与えられたのと同じ祝福を全て私たちにも与えたいと、心から願っておられる大きな愛の神なのです。この愛の神が、神に愛されたり祝福されたりするにはふさわしくない者を、喜んで愛してくださり、神からの永遠の祝福を与えるのにふさわしい者にしてくださるということこそ、イエス・キリストの福音の中心です。

 

  神は最初、私たち人間を神と人との愛の交わりの中で生きる事ができる者として、創造されたのですが、私たち人間のほうが自分中心になり、神との間でも他の人との間でも本当の愛の交わりを持てない罪人になってしまいました。しかし愛の神は絶対にあきらめません。きよく正しい神として私たちを愛する為に、邪魔になる私たちの罪をキリストの身代わりの死によって、全て赦して取り除かれました。さらに神は、イエス・キリストに与えられたのと同じ神の子どもの霊(聖霊)を、私たちにも与えてくださり、神の子どもとして新しく生まれ変わらせ、聖霊によって、神と人とを愛することができる者に造り変えてくださるのです。

 

  やがて神は、イエス・キリストのように、私たちを栄光の神の子どもの姿に復活させ、永遠に、完全にご自分の愛する子どもとして祝福してくださいます。しかも、この神の驚くべき祝福には、何の行いや代価も必要がないのです。ただ一方的な神の恵みによって、誰でも、この神の愛とキリストによる救いを事実として信じ受け入れる者に与えられるというのです。これが神の福音です!

 

  今、あなたのところに「福音の宅急便」で、神からの救いのプレゼントが届いています。このプレゼントの中味は、神の永遠の愛と真理、すべての罪の赦し、神との平和、神と人を愛する自由、神の子どもの身分、新しい人生、神の国(教会)の市民権、イエス・キリストに似たものに変えられる恵み、永遠のいのちの祝福などなど、大変豊かなすばらしいものです。この驚くべき神の救いのワンパック・プレゼントは、代金をすでにイエス・キリストが支払われましたから全く無料です。だれでもただ神に感謝して、受け取ればよいのです。

 

  あなたもどうぞ、あなたの名前が書いてあるこの神の恵みのプレゼントをお受け取りになってください。



  「神の下さる賜物(プレゼント)は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです」

                               (ローマ人への手紙  6章23節)

inserted by FC2 system